泳げるシマウマ

起業家・投資家。軽減税率は反対です。感想、書評、レビューほか。 @cocoopit_t   

『タタール人の砂漠』感想・書評・レビュー ブッツァーティ作

 

タタール人の砂漠 (岩波文庫)
 

 
士官学校を卒業したジョヴァンニ・ドローゴは最初の任地バスティアーニ砦に赴くべく生まれ育った町を出立した。何年も待ち焦がれた日、ほんとうの人生の始まる日だった。

砦は辺境の山の上にあり、北の国境を守るために古くに作られたものだ。はるか向こうに広がる砂漠からタタール人がいつの日か攻め入ってくるとされており、多くの将校と兵士が任務についていた。だが、実際のところはこれまで只の一度も砦が侵攻を受けたことはなかった。

未来に無限の可能性が広がっていると思える青年期にあるジョバンニ・ドローゴは、このような何も起こりそうもない砦を見て、あわてて他の任地への転出を願い出た。だが、転出の手続きが整うまでの4か月の間に何故か心変わりしてしまい、砦に残ると希望を翻してしまった。

砦の任務は毎日同じことの繰り返しだ。特別なことはほとんど何も起こらない。単調な生活に慣れきってしまい惰性の日々を送りつつも、ドローゴは心の中で常にかすかな希望を抱いていた。いつの日か敵が攻め入ってくるかもしれない。その時には将校として勇敢に闘い、名を上げて英雄になるのだと。こうした思いは、平穏な砦で形骸化した任務を日々続ける他の将校や兵士にとっても同じだった。だが一方で、誰もが判っていた。そのようなことはこの先きっと起こらない違いない。むしろ、何も起こらないと知っているからこそ、いつの日か特別なことが起こるはずだと夢想し続けることが必要なのだ。

 
4年後、ドローゴは休暇を取得し、生まれ故郷に帰ってみた。昔の友人たちは各々に仕事を持ち、軍人の自分とは異なる世界で活躍していた。彼らに会ってはみたものの、昔のように話が盛り上がることはなくなってしまっていた。それぞれに違う道を歩み始め、わずか4年でお互いにかけ離れた存在になってしまっていたのだ。恋仲になるかもしれなかった女性との会話も上手くかみ合わず、彼女に対しても心はときめかなくなってしまった。取り巻く環境と立場が変わって時が経ち、全てを共有し合っていたかに思えた人達とも心が通わなくなってしまっていることに気が付く。こうしてドローゴはひとりまたあの辺境の砦へと戻っていった。そして、かすかな希望を心に頂きながらも、日々はただ無為に過ぎ去り、季節は流れていく。気が付けば決して待ってくれることのない「時の遁走」の中で、多くのものを失っていた。

 
タタール人の砂漠』はイタリア人作家ブッツァーティによって書かれた小説だ。刊行はイタリアが第一次大戦に突入する直前の1940年だが、小説の時代は恐らく数百年前の中世だろう。「タタール人が攻めてくるかもしれない砦」という設定から、アジアに近いヨーロッパのどこかであると想像されるが、どの国が舞台なのかははっきりと分からない。遠い時代、所在不明のおぼろげな場所の物語にもかかわらず、青春時代を終えて「大人」になった者の多くは、ドローゴの生涯に自分の人生を重ねながらこの小説を読んでしまうに違いない。『タタール人の砂漠』が今なお名作として多くの人に読み継がれているのは、この物語の中に人の人生の中にある普遍的な何かが表現されているためだろう。
 

タタール人の砂漠 (岩波文庫)
 

 

『朝日ぎらい』よりよい世界のためのリベラル進化論 橘玲 を読んだ感想

朝日新聞が批判を続ける安倍政権や自民党に対する支持率は、いずれの世論調査を見ても一貫して若い世代ほど高い。SEALDsなどごく一部の層を除き、朝日新聞の主張は若者の心に一向に響いていないように見える。他方、書店には「朝日新聞批判」をテーマとした書籍や雑誌が並び、ネット上ではいわゆるネトウヨによる「反日朝日」への感情的なバッシングが日々行われている。日本におけるこうした「朝日ぎらい」とも呼べる現象は一体何によってもたらされたのだろか。


「文筆家の仕事は、他人がいわない主張を紹介し、言論空間にゆたかな多様性を生み出すことだ」と述べる著者は、朝日新聞の個々の報道・論説への批判に立ち入ることはしない。本書の出色の独創性は「朝日ぎらい」という現象の分析を通じて、この数十年間で大きな変化を遂げてきた世界の新しいあり様を克明に浮かび上がらせ、その姿を読者の目の前に提示して見せようとするところだと思う。

 

変化のただ中にいる者は往々にして、何がどのように変化し、その変化が何によってもたらされているのかを認識するのが難しい。著者は「朝日ぎらい」の背景にある事象を様々な典拠を示しながら分析していくことによって、読者を高い視座に引き上げ、「リベラル化」と「アイデンディティ化」の潮流によって変容が進む世界に対する見晴しを与えてくれる。

 

「リベラル化」「アイデンディティ化」の2つの潮流を引き起こしている要因は複数示されているが、中でも最大のものはテクノロジーの急速な進歩を背景とした「知識社会化」の進行だろう。AIやITCなどをはじめとする最新テクノロジーを用いる事業においては、高い知能を持つ優秀な人材にしか価値を生み出すことができない。おのずと人材獲得競争は激しいものになり、企業には国籍や人種、性別、宗教、年齢、性的指向などで社員を差別する余地などなくなってしまう。こうして「知識社会化」は、必然的に「リベラル化」「グローバル化」につながり、これらが三位一体となって同時進行していく。

他方、「知識社会化」は仕事に必要とされる知能のハードルが上がるということであり、そこから脱落するひとが増えるのは避けられない。結果、変化から取り残され、見捨てられつつある層の怒りが社会の保守化=右傾化を招き、「アイデンティテイを傷つけられた」と感じる人々の感情が、米国ではトランプの、フランスではルペンの支持拡大につながっていく。日本における「嫌韓」「反中」「朝日ぎらい」のネトウヨの台頭にも同様の背景があると著書は分析する。(*追記2)


本書後半では「リベラリズム」「リバタリアニズム」「共同体主義」といった政治思想が進化の過程で培われた人の「正義感覚」を土台としていることを、チンパンジーを使った実験などを紐解きながら説明していく。そこから更に踏み込んで、保守・リベラルの政治態度がどのような要因によって決定されるのかについての最新のアカデミズムの研究を紹介する。この部分はまだ仮説の段階であり、研究者の間でも異論があるに違いないが、非常に乱暴に要約すれば「政治志向は知能の低い人ほど保守になりがちで、知能の高い人ほどリベラルになりがちである。知能が高い確率で親から子へ遺伝するように、政治志向もまたかなりの程度親から子へ遺伝する可能性がある。そしてリベラルな人ほど経済的に成功し豊かになる傾向がある」ということで、これはある意味「不都合」で身も蓋もない話だ。現にワシントン、ニューヨーク、シリコンバレー、ボストン等に集まる世界でも最も豊かな層を調査すると、その多くがリベラルな政治志向を持っていることが分かる。

リベラル化の潮流によって変容が進む世界の中で、朝日新聞をはじめとする日本の「リベラル」のあり様はどうであろうか。 グローバル・スタンダードのリベラルはすべてのひとが自分の可能性を最大化できる社会を理想とし、より良い世界、より良い未来への進歩を目指すものだ。にもかかわらず、日本の「リベラル」は憲法問題にせよ、日本を「身分制社会」たらしめている日本的雇用にせよ、さらには築地市場に至るまで、頑強に現状の変更に反対し、既得権益層を守ろうとする守旧派に堕していると著者は厳しく批判する。さらに「あとがき」では、本来のリベラルのあるべき姿を一つ一つ描写し、それを鏡とすることで朝日新聞社ダブルスタンダードにまみれた姿を静かに映し出して見せる。

 

 橘玲氏は近年「日本は先進国の皮をかぶった前近代的身分制社会」であると繰り返し述べている。「前近代的な」という言葉は、身分差別(正規・非正規の差別、性差別、年齢差別など)の存在そのもののみならず、近代社会ではあり得ない身分差別の存在を当たり前のように受け入れ、当然持つべき疑問や憤りを持つことができないままでいる多くの日本人の意識に対しても向けられているものであろう。


その意味では、自らの「ダブルスタンダード」を顧みず、「リベラル」を自称しながら本来のリベラルにはありえない主張を行っていることに対して疑問も矛盾も感じていないかのような大手新聞社の存在もまた日本の「前近代性」の表れと言えるのではないだろうか。

 
「朝日ぎらい」というタイトルもあって、本書はこれまでの橘氏の著書とは異なる読者層を獲得するのではないかと思われる。以前の橘氏の著書はどことなく「届く人にだけに届けばいい」といった空気感の中で書かれていたものが多かったような気がする。

昨年出版の「専業主婦は2億円損をする」もそうだが、ここ数年の橘氏は、これまでの読者層とは異なるより広い層に届けるべき声を届けていこうと試みているのかもしれない。本書はできるだけ多くの人に読まれて欲しい。そして、我々がいまだ「前近代的身分制社会」に生きていることにより多くの人が気づき、その前近代性が少しずつでも解消されていってくれればと思う。

 

 

【追記1】発売直後、タイトルだけを見て「朝日擁護本」と勘違いしたとおぼしきネトウヨ達が、読んでもいないのにアマゾン内で星1つの低評価レビューを投稿するという事態が起こった。著者は困惑していたようだが、逆に本書内に書かれていることの正しさを示しているようで興味深かった。星1つのレビューを読んでから、本書を読むとある意味より面白くなるかも知れない。

 

【追記2】本書内でも引用されている社会学者樋口直人氏は、ネトウヨの中には大学生やホワイトカラーが多いと述べているが、これは聞き取り調査ができた34名という少ないサンプル数に依拠した見方であるため、橘氏はあまり重視していないようだ。困窮する米国ラストベルトの労働者や、絶望死が増加しているという低学歴白人層の姿と日本のネトウヨには乖離があるかもしれず、両者を重ねることについては異論があるかもしれない。



【備忘録】世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事 津川友介 

 

科学的な見地から本当に健康に良いことが証明されている食品とはどのようなかを分かりやすく紹介している。多くの情報が氾濫する中、信頼できる情報を見極めるのは一般の人間にとって簡単ではないが、本書は良い指針となると思われる(数時間で読める内容)。特に糖質制限を実践している人にとっては、大事なことが書かれている。

  

世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事

世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事

 

 

本書で言う「健康に良い食品」とは、脳卒中心筋梗塞、がん、糖尿病などを発症するリスクを下げる食品のことを指す。逆に「健康に悪い食品」はそうしたリスクを高める食品のことを意味する。


以下は単なる個人的備忘のための要約。本書内ではエビデンスの紹介(エビデンスの強弱も示されている)も含めて解説 がされているので、興味のある人は読まれることを強くお勧めします。

 

▼健康に良いと科学的に証明されている食品

  1. 魚 
  2. 野菜と果物(果実ジュース、じゃがいもは含まない)
  3. 茶色い炭水化物(玄米、蕎麦、全粒粉のパン)
  4. オリーブオイル
  5. ナッツ類

▼健康によい可能性が示唆されている食品  

  1. ダークチョコレート(砂糖入りは不可)
  2. コーヒー
  3. 納豆
  4. ヨーグルト
  5. 豆乳
  6. お茶

 

 ▼健康に悪いと科学的に証明されている食品 

  1. 赤い肉(牛肉、豚肉のこと。鶏肉は含まない。ハム、ソーセージなど加工肉は特に悪い)
  2. 白い淡水化物(白米、うどん、パスタ、白いパン、じゃがいも、ラーメン)
  3. バターなどの飽和脂肪酸

 

 ▼健康に悪い可能性が示唆されている食品 

  1. マヨネーズ
  2. マーガリン

 

糖質制限、炭水化物について 

  1. 炭水化物の全てが悪いのではない。「健康に良い炭水化物(茶色い炭水化物)」と「健康に悪い炭水化物(白い炭水化物)」がある。前者は積極的に摂取すべき、後者は摂取すべきではない。

  2. 「茶色い炭水化物」は食物繊維が多く、「白い炭水化物」は少ない。極限まで食物繊維を減らしたものが砂糖などの糖。白い炭水化物は砂糖に近く、体内で糖になるので本質的に砂糖と同じ。

  3. 糖質のかわりに肉はいくらでも食べて良いと主張する医者のアドバイスは聞くべきではない。明らかに間違っている。(牛肉、豚肉、加工肉は摂取すべきでない)

  4. 白米は食べれば食べるほど糖尿病のリスクが高まる。白米は全く食べないのが理想。(ただし、ガンのリスクと白米は無関係)

 

▼その他

  1. 日本食が健康に良いというのは誤ったイメージ。塩分、糖質が多い点で健康に良くない。健康に良い食品と言えるのは「地中海食」

  2. 塩分摂取量は減らすべき。血圧を上げ、脳卒中心筋梗塞のリスクを高める。
      
  3. ハム、ソーセージ、ベーコンなど加工肉は非常に悪い。大腸がん、脳卒中心筋梗塞のリスクを上げる。
     
  4. 卵は1日6個までとする。(糖尿病、心不全のリスクが上がる)

  5. 大人は乳製品は控えめにすること。過剰摂取は前立腺がん、卵巣がんのリスクが高まる。

  6. 果実ジュースは糖尿病のリスクを上げる。果物事体を食べることはリスクを下げる。健康の観点から両者は全く異なる。

  7. 野菜ジュースについては、明確な研究はないが果実ジュースと同様と考えられるので、ジュースではなく野菜そのものを食べるべき。


▼疑問点

本書では、がん、脳卒中心筋梗塞、糖尿病のリスクを下げる食品を良い食品としているようである。確かにこれらの疾病は日本人の死亡原因の半数を占めている。糖尿病に関しては、認知症心筋梗塞などのリスクを高める非常に怖い病気である。一方で、これらに該当しない病気については、本書の範囲内では無視されているのかもしれない。

 

SHOE DOG 靴に全てを フィル・ナイト Phil Knight

 

1962年、24歳のフィル・ナイトは父の資金援助を得てオレゴン州から世界を巡る旅に出発した。自分の人生を人とは違う特別なものにしたいと強く願った青年の最大の目的地は日本だった。

 

スタンフォード大学院生だった2年前、ナイトはドイツの独壇場だったカメラ市場に日本企業が参入し、成功し始めていることに着目した。陸上選手でもあったナイトは、日本のランニングシューズにも同様の将来性があるのではないかと感じ、その輸入ビジネスの可能性についてレポートにまとめていた。日本への旅はその可能性を自らの手で実現するための第一歩だった。

旅の計画を聞いたナイトの祖母は猛反対した。世界を征服しようとした野蛮で残忍な日本人の国へ行くなどとんでもない。捕えられて収容所に送られ、目をくり抜かれるに違いないと。終戦からまだ17年、人々の心に戦争の影がまだ色濃く残っていた。ナイト自身も初めて飛行機に乗った5歳のとき、父に尋ねた記憶があった。

「パパ、日本のゼロ戦に撃ち落とされないかな」
 

ハワイを経て羽田に降り立ったナイトは、列車で西へと向かった。車内のあまりの汚さに驚きながらも神戸に到着し、オニツカという会社を訪問した。居並ぶ幹部社員を前に、ナイトは オニツカ製のシューズの輸入販売をさせて欲しいと申し出た。

「ミスター・ナイト、あなたは何という会社にお勤めですか」

こう聞かれたナイトは答えた。

「私はオレゴン州ポートランドブルーリボン・スポーツの代表です」

自宅の部屋に飾っていた陸上競技のトロフィーに付けられていた青いリボンから咄嗟に思いついた名前だった。帰国したナイトは、実際にブルーリボン・スポーツという名前で会社を設立し、オニツカのランニングシューズをアメリカで販売し始めた。

海外メーカーの販売代理店という立場は非常に不安定で微妙なものだ。ブルーリボンは地道な努力で売り上げを伸ばしていったにも関わらず、オニツカとの関係は必ずしも良好ではなかった。ナイトのことを個人的にあまり評価していなかったと思われるキタミが昇進し、オニツカ内で力を持つようになってからは、さらに関係が悪化していった。キタミはブルーリボンの売上に対する不満を隠さなかった。

やがて、オニツカがブルーリボンと手を切り、他の会社に乗り換える検討をしているらしいとの情報が舞い込んだ。ナイトは狼狽した。キタミが訪米し、オフィスを訪問した際には、隙を見て彼のカバンをあさり、書類を盗むという挙に出たほどだった。ブルーリボン社訪問後にどの会社を訪れることになっているのか、情報を探ろうとしたのだ。

その後、懸念していた通り、オニツカはナイトに取引終了を通告してきた。のみならず、契約違反で訴訟を起こすとまで言ってきた。ナイト以下、ブルーリボン社の社員は絶望的な事態に打ちひしがれた。だがナイトはすぐさま自分を鼓舞し、30人の社員の前で宣言する。これは危機ではなく解放であり、我々の独立記念日であると。これからは誰かのために働くのではない。自分達のブランドで勝負するのだ。 そのブランドの名は「ナイキ」だった。

その後ナイキは世界最大のスポーツ用品ブランドとなる。現在、ナイキの売り上げは「アシックス」と名前を変えたオニツカの8倍以上だ。


SHOE DOG 靴にすべてを。』はナイキの創業者フィル・ナイトが70歳代後半になってから人生を振り返り、書き起こした自伝だ。

  

SHOE DOG(シュードッグ)

SHOE DOG(シュードッグ)

 

 
1962年に日本を訪問したナイトがナイキ会長職を辞したのは2016年のことだった。ナイトの職業人生は54年の長きに渡る。そのうちオニツカの代理店の地位にあったのは最初の10年のみだ。にもかかわらず、500ページあまりの本書の半分以上が、オニツカ(現アシックス)の代理店時代のことで占められている。
 
*

 

ナイキの創業者に自分をなぞらえるのはどうかと思うが、私が最初に手掛けた事業も、ナイトと同じように海外のある会社から商品を輸入して販売するというものだった。だから、代理店時代にナイトが心に抱いた苦悩と不安がどのようなものであったかは容易に想像できる。

販売代理店は、自社のパフォーマンスの素晴らしさを輸入先の会社に納得させ続けなければならない。さもなくば、いつ商品の供給を止められてビジネスが終わってしまうかわからない。なぜなら彼らは常に考えいてるはずだからだ。日本で自分たちの商品をもっと沢山売ってくれる会社が他にあるかもしれないと。

創業から売上は順調に伸びていった。だが、それ故にどこかの大きな企業が商品に目をつけ、輸入先に販売権の取得交渉を試みるかもしれない。もしかしたら、もう既にそうした交渉が始まっているかもしれない。あるいは明日にでも取引終了の通告が送られてきて、今まで築いてきたものが無に帰す絶望的な事態になるかもしれない。来る日も来る日も心のどこかでこうした心配をしていたので、いくら売上が伸びていても内心は苦しかった。

ナイトと同じように、商品の品質問題にも度々悩まされた。だが、こちら側の立場は常に弱く、問題解決を試みても、徒労感を伴うコニュニケーションの中で神経をすり減らすことが多かった。

こうした不安定な立場を解消し、ビジネスを長期に渡って継続できるものとするため、輸入先との関係をより強固にする契約の締結をもちかけた。だが、交渉はうまくいかなかった。そればかりか、交渉の過程で嘘や不誠実を見せつけられ、果たしてこの会社と長年付き合っていこうとうする自分の考えが正しいのか疑問が芽生え始めた。そして、一つの考えにたどりついた。他人の商品に依存していてはだめだ。例えどんなに難しくても、自分の手で市場に受け入れられる商品を生み出し、それによって勝負する以外に生き残っていく道はない。ナイトのように宣言を聞かせる30人の社員はいなかったが、心の中で固く決意した。

 

起業して以来、ずっと心の中で繰り返し自身に問うてきた問いがある。

成功する者と失敗する者、両者を分つものは何なのだろうか。答えは単純ではない。それは複数の要素から成り立っている。だが中でも最も重要なものは、自分は何としても成功したい、あるいは成功しなければらないという信念だ。それがなければ短期的にはうまくいっても、長く成功し続けることはできない。これは根拠なき精神論ではなく自然界における普遍の法則だ。故に起業家は絶えず自分に問い続けなければならない。自分が事業をやる理由とは一体何なのかと。

 フィル・ナイトの場合それは何であったのか。『SHOE DOG 靴にすべてを。』には、全編を通じてそれが写し出されている。それは本書で描かれた物語の根底を貫くものであり、それこそがナイトの人生そのものなのだろう。

 

 

 

土俵の女人禁制 備忘のための追記

備忘のための追記:

cocoopit-2.hatenablog.com


この記事を書いたのは、舞鶴市であいさつ中に土俵上で倒れた市長の救命にあたった女性に、若手行事が土俵から降りるように促すアナウンスを繰り返した事件があったからだ。

 

www.j-cast.com

市長は後にくも膜下出血であったことが分かった。また、女性は市長が理事をしていた病院に勤めていた看護師だったらしい。

 

意識を失って痙攣している市長に心臓マッサージを施している女性に対して、土俵から降りるように繰り返しアナウンスが流れる映像は大変ショッキングだった。

 

この事件を通しては、上位の者やルールに従順に従うことが良いとされる所謂体育会系の価値観が、若手行事を思考停止に陥らせたのではないかという別の問題も見えてくる。一刻も早く女性を土俵から降ろさないと、後で上司に厳しく叱られると恐れたのかもしれない。

 

日本の教育は戦前は従順な兵士を、戦後は従順な企業戦士(別名社畜)を育てるように最適化されてきた側面がある。所謂「体育会系」という世界はその最たるものだ。日本では今でも「組み体操はかけがえのない教育活動」などと発言をする政治家がいて、それが一定の支持を受けてしまう。戦後70年以上、バブル崩壊後30年近くが経過し、インターネットができて世界は大きく変わっているのに、日本の教育は本質的には何も変わっていないんだろう。


土俵の女人禁制 政治的態度が異なるのは遺伝子のせいかも知れない

知性による人間社会の進歩を信じる立場に立つ人間としては、長く行われている伝統だからという理由で、それを今後も続けなければならないという主張に同意することは難しい。相撲の土俵が女人禁制であるという伝統についても、それは当てはまる。

 

自分の理解では、日本において霊山などが女人禁制とされたのは、女性が不浄な存在であると考えられたからというよりは、女性に対して男性が抱く劣情が修行の障害となると考えられたからだ。土俵がなぜ女人禁制とされてきたのかは諸説あるようだが、これから闘いに入る力士にとっても劣情は障害になり得るはずで、同様の理由からなのかもしれない。

より未開な社会では現在よりも、欲望をむき出しにした行動に対する社会の容認度合は高かったに違いない。こうした社会で日々生きる男性が理性で劣情を抑えるのを手助けするために、一定の場所で女性を遠ざける規則を作っておくことには意味があったのかも知れない。

 

しかし現代においてそのような規則が必要だろうか。女性が土俵に上がったことで、何か良からぬ影響を受ける力士がいるとは到底思われない。個人的にはこのような非合理的で前近代的な伝統などさっさとやめてしまえばよいと思う。

他方、伝統なのだから女人禁制を続けるべきだと主張する人達を、「道理を解さない蒙昧な人々」として切り捨てるような姿勢は好ましくないと感じる。というのも、伝統を重んじる人と進歩を信じる人の両方が存在するのは、人類の種としての生き残り戦略と関係があると考えるからだ。

 

例えば、古代のある地域に住んでいた人類が狩猟採集によって生活していたとする。その時火山噴火や洪水などの天変地異によって、周囲に生息していた動植物の多くが死んでしまい、食糧が十分手に入らなくなったとする。

その時、その場所にとどまり食糧資源の回復を待つのと、船で海に漕ぎ出して新天地を求めるのと2つの選択肢があったとする。その場にとどまった場合、資源がすぐに回復すれば良いが、しなければ絶滅してしまうかもしれない。一方船で漕ぎ出す場合、食べものがある新たな土地にたどりつければ良いが、遭難したら全員死んでしまう。

どちらの道が正しいかは事前にはわからない。人類の種としての生存確率を上げるには、出ていく人間ととどまる人間の両方がいたほうが良い。つまり、今までやってきたことをこれからも続けることを選好する保守的な人間と、新たな世界が開けることを信じて行動に出る革新的な人間の両方が必要となる。人類の遺伝子はその両方が存在するように設計されているのではないだろうか。

 

こうした考えは私個人の根拠なき妄想ではないと思う。数年前から人がどのような政治的態度を持つかは、その人の遺伝子が影響しているらしいという研究結果が複数発表されているからだ。

www.huffingtonpost.jp

 

また、別の研究によると、保守であるかリベラルであるかという政治的態度と、脳の特定部位の大きさの間には相関関係があるということが示されている。これも政治的態度が遺伝的な要素に影響されて決まっている可能性を示唆している。



monsieuryoshio.hatenablog.com

 

こうしたことを踏まえると、土俵の女人禁制のようにどう考えても合理的な理由が無さそうな規則でも「伝統だから守るべきだ」と考える人が多数存在するのは自然なことだと思えてくる。

政治的態度の違いがある程度遺伝子によるものであるという認識が今後広がっていけば、意見の違う人達に対する寛容な態度がより広まっていくのかもしれない。そうなれば、政治的意見を異にする相手をSNS上で悪しざまに罵倒しているような見目麗しく無い人達も自然と減っていくのかもしれない。

知性によってより進歩した社会を生きる未来の人達が今の状況を振り返った時、SNS上で罵詈雑言を書きたてているような人達は未開社会を生きる未開人として彼らの目に映るのかのもしれない。



トイザらス全店閉鎖で思い出したEコマース黎明期の話

1992年1月7日、当時のアメリカ大統領、ジョージ・H・W・ブッシュが来日した。大阪空港に降り立ったブッシュはその日のうちに、奈良県樫原市に立ち寄った。ひと月前に日本進出を果たしていた"トイザらス"の第2号店開店記念セレモニーに出席するためだった。何故わざわざアメリカの大統領が、おもちゃ屋の地方店の開店記念セレモニーに出席したのか。それには象徴的な意味があった。

80年代以降、日米間では貿易摩擦が深刻な国際問題となっていた。アメリカは日本の「非関税障壁」がアメリカの対日貿易赤字を生み出している大きな原因だとして非難を強め、各種規制の撤廃を求めていた。そのうちの一つが、大型店舗の出店を規制する大規模店舗小売法(大店法)だった。

大店法は、一定面積以上の店舗が新規出店する際に、事前に審査(出店調整)を行う仕組みを定めており、その際に地元の商工会などを通じて、既存小売店の意見を聴くことになっていた。当然ながら、街の小売店主らは既得権を守るために出店に強硬に反対するのが通常で、調整に多大な年月を要したり、店舗面積や営業時間に厳しい制限がつけられることが多かった。今からは想像し難いが、スーパーマーケットやドラッグストアはそう簡単に新店舗を作ることができなかったのだ。

この規制により自国企業の進出が阻まれているとして、アメリカ政府は日本に規制緩和を強く迫っていた。1985年のプラザ合意以降円高が進んだものの、対日貿易赤字は一向に減らず、原因を日本市場の閉鎖性に求める見方が多かった。日米間での協議の結果、1990年に大店法の大幅規制緩和を行うことが決まり、その翌年に"トイザらス"は念願の日本進出を果たしたのだった。ブッシュ大統領にとってみれば、開店セレモニーへの出席は自国の有権者に対して自身の功績をアピールする絶好の機会だった。

大店法によって大型店舗の出店が厳しく規制されていた時代、大した経営努力をしていない店舗でも、それなりに経営を成り立たせることができた。商店街に店を構えてさえいれば、店主が奥に座ってただテレビを見ていても、子供達はおもちゃを買いに来てくれた。近隣に他の選択肢が十分与えられていないのだから当然だ。今の水準から考えると、消費者は相当な不便を強いられ、乏しい品ぞろえの中から高い値段で商品を買わされていたことになるのだが、そのことを自覚していた人は少なかっただろう。

大店法規制緩和によって1990年代以降に大型店舗の出店を増やしていったのは、もちろん"トイザらス"だけではなかった。大手スーパーマーケット、ドラッグストア、大型電器量販店も続々と店舗数を拡大していった。こうして、既得権の上にあぐらをかいていた小売店の多くが苦境に立たされ始める。商店街のシャッター通り化が進み始めたのもこのころであった。

バブル崩壊後の長引く不況も相まって、急速に追い詰められ始めた小売店主達にこの時一つの福音がもたらされる。インターネットの登場である。窮地に立たされた小売店主達の中からネット通販に何とか活路を見出そうとするものが現れ始めた。

今では、レンタルショッピングカートを始め、ネットショップを運営するために必要なツールは安価で豊富に提供されている。ネットの草創期にはそうしたものは一切無く、全てを自ら作っていく他なかった。小売店主達はHTMLやプログラミングを一から学んでECサイトを構築していった。日本におけるEC事業の萌芽を担った人達の多くは、苦境に立たされ始めていた街の商店主達だった。

その後、周知の通りインターネットは長足の発展を始める。常時接続、光回線の時代が始まり、ネット人口が拡大すると共に、ECの市場規模も急速に拡大を始める。消費者がネット通販の便利さ、利点を認識するのは瞬く間であった。一方で、ノウハウもツールもない時代、ECサイトを作り、受注や商品発送の体制を構築するのには時間がかかった。急速に伸びる需要に対して、供給側の体制は追いつかず、EC市場では需給の大きなギャップが生まれ始める。この時期までにネットショップを開店していた事業者の多くは、需給の急勾配を追い風に売上を伸ばしていった。

当時はネットショップ運営者が集まって、情報やノウハウを共有し合う勉強会のようなものが全国で頻繁に開催されていた。勉強会の後に必ず開かれていた懇親会のユーフォリアに満ちた独特の雰囲気を今もよく覚えている。多くの店主がアルコールで顔を上気させながら、売上がどれほど急速に伸びているか、自分の打った販促策がいかに凄い成果を上げているかを笑い声と共に語り合っていた。中には「自分がメールマガジンを書いたら、商品なんて簡単に売れてしまう」と豪語する者や、ライバル店舗を名指しして「あんな店、俺が本気になったらいつでも潰せる」と大口をたたく者までいた。

だが、この状況が一時的な需給ギャップの上に成り立っていることはどう見ても明らかだった。これはバブルに過ぎず、いつの日かこの需給関係は逆転するだろう。その時に何が起こるのか。それはいつ起こるのか。自分はそう考えると不安しか感じられなかった。懇親会の席では、いつも部屋の隅から醒めた目でユーフォリアに浮かれる他の店主たちを眺めていた。

2000年代半ばになると、アマゾンを始めとする大手資本が徐々に存在感を増し、EC市場を侵食し始めた。恐らく2008年ごろが潮目だったのではないかと思う。大成功を収めたカリスマ店長として業界でもてはやされていた人達の中からは、コンサルタントやセミナー講師として自身を売り出そうとする者が目立ち始めた。自店の売り上げに明らかな陰りが見え始め、他の道を模索し始めたのだろう。2008年5月には楽天市場のジャンル大賞受賞歴を持つインテリア・寝具の有名店が突然倒産して衝撃が走った。2010年頃からは、他の有名ショップの中からも閉鎖や撤退に追い込まれるところが徐々に出始め、90年代のネット通販草創期に成功を名を馳せていた有名店舗のいくつかも、気が付くと静かにネット上から消え去っていた。当初「福音」であったインターネットは、市場に効率化を迫るその性質によってわずか十数年で「刃」に姿を変えて、商店主たちに襲いかかっていたのだ。

市場は常にダイナミックに変化し、受給関係は流動的に動いていく。渦中にある事業者は往々にして、その流れを俯瞰的に捉えることが出来ず、自らの成功を自らの能力故のものであると過信してしまう。この現象は金融市場を含めてあらゆる市場で普遍的に観察されるものだ。

草創期にネット通販の萌芽を担った商店主らが有能な人達であったことは間違いない。インターネットが我々に何をもたらすのか誰にも分からなかった時代、彼らは先見の明をもってネットの世界を切り開いた。起死回生を遂げたのみならず、実店舗だけでは考えられなかった大きな売上を上げるまでになった人達だ。であるが故に、彼らがユーフォリアの中で全能感を抱き、置かれている状況を客観的に見られなくなってしまったのも無理のないことだったのかも知れない。

他方で、街の小売店から出発したネットショップの全てが消え去ったわけではない。市場の変化を早い段階から見通し、万難を排して準備進めて今も生き残っている事業者も少なからず存在する。

消え去った者と生き残った者。今振り返って両者を比較すれば、あの時何を成すべきだったのかは明らかだ。街の小売店事業の延長でメーカーや問屋から仕入れた商品をネットで販売しているだけでは、いかにネットマーケティングに長けていたとしても、アマゾンのような会社と戦えるわけはない。だが、渦中にこのことに気付けた人は多くは無かった。

こんな過去のことを思い出して書いたのは、"トイザらス"がアメリカの全店舗を閉鎖するというニュースが流れてきたからだ。大店法の緩和とともに日本に進出し、非効率な日本のおもちゃ店を駆逐していった"トイザらス"も、今度はアマゾン等のネット通販に駆逐されようとしている。

資本主義の自由市場はとても残酷に出来ている。市場を厳然と効率化していくインターネットは、消費者の利便性を向上させると同時に、市場の残酷さをより一層過酷なものにする。今はインターネットの存在を「福音」と感じている者に対しても、その姿をいつ「刃」に変えて襲いかかってくるかも知れない。我々は常に歴史を振り返り、多くのことを学ばねばならない。





(参考文献)
わが国大規模店舗政策の変遷と現状  林雅樹
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/pdf/071604.pdf
大店法規制緩和と中小小売商業対策  奈良県立商科大学「研究季報」開学記念号 (1990年 12月)山本久義
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180319222625.pdf?id=ART0001221277
日本トイざラス 沿革
https://www.toysrus.co.jp/corporate/CSfHistory.jsp
楽天"ジャンル大賞"店が倒産――ヒルリードに学ぶECサイトが陥る危険性 『月間ネット販売』小西智恵子
http://www.nethanbai.jp/muryo2008_7b.htm
楽天市場の出店数推移が減少に転じトップページも決算も異変 横田秀珠http://yokotashurin.com/etc/rakuten-shops.html

大規模小売店舗法 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E5%B0%8F%E5%A3%B2%E5%BA%97%E8%88%97%E6%B3%95