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80's エイティーズ ある80年代の物語 橘玲 を読んで思ったこと、思い出したこと

 

 1990年代の末に『ゴミ投資家のための』というシリーズ本が出版されていた。今ネットで検索してみても、10冊近く同シリーズの本が見つかる。当時自分が読んだ本がそのうちのどれだったのかよく分からない。


実のところ、何が書かれていたか、それほどはっきりとは覚えていない。覚えているのは「持家をローンで購入するのと、賃貸で借りて住むのとを比較した場合、両者のバランスシートに優劣の差はない」であるとか「年金財政問題は保険料徴収を止めて、全て消費税で賄うようにすると解決する」といった断片的な内容だ。「投資家のための」とタイトルにあるが、単なるノウハウ本というよりは、日本の税や保険、不動産などにまつわる仕組みや制度の矛盾、問題点を指摘した本だったと思う。ただ、はっきりと記憶に残っているのは、これを読んでいた当時、20代後半だった自分は「今いる場所にとどまり続けると、大変なことになる」という焦燥感に取り付かれ始めたことだ。

 

電機メーカーに勤務していた自分は、このころ日本型雇用の大きな問題点に気が付き始めていた。問題点というよりは「罠」と言ったほうが良いかも知れない。今ではネット上の方々で指摘されているが、終身雇用・年功序列を柱とする日本型雇用においては、若いころは賃金が相対的に安く抑えられている。それを年功による昇給で徐々に取り戻していき、定年時に退職金をもらった時点でようやく最終的な帳尻を合わせることになる。当時この雇用システム下で若い時を費やすことのリスクに気付いている人は、少なくとも自分の周囲には一人もいなかった。今から考えると信じられないかも知れないが、90年代後半の段階では、バブル崩壊後の経済の落ち込みは一時的なもので、そのうち日本経済は復活すると漠然と思っていた人が少なくなかった。

 

自分は『ゴミ投資家シリーズ』に書かれていたからこのリスクに気が付いたのか、偶々こうした問題に関心を持ち始めた時期に『ゴミ投資家』を読んでいたのかはよくわからない。もともと日本型雇用は経済が持続的に成長していく社会に合わせて作られたものだ。もうすぐ人口減少が始まると言われる日本で、会社は自分の「貸し」をこの先数十年かけて返してくれるのだろうか。


当時の勤務先は大阪市内にあった。90年代後半の日本は深刻な不況に陥り、大阪は全国でも最もホームレスの多い地域だった。中でも市内南部にあるサッカー場を中心とした巨大な公園はほぼ全域がホームレスの作ったブルーシートのテントに占拠されるという異様な光景で、大きな社会問題になっていた。勤務先はそのサッカー場から一駅隣りにあって、会社のビルのすぐ横にも小さな公園があった。1998年頃になると、サッカー場のある巨大公園に入りきれずに溢れてきたホームレスのテントが隣の公園にも立てられるようになっていた。

 

会社に勤務し続けることが大変なリスクであると認識しながらも、同時に辞めることは怖かった。転職活動をしてみたものの、自分には所謂サラリーマンと呼ばれる職業に思っていた以上に適性が無いらしいことがはっきりするだけだった。自分のような人間が会社を辞めるということは、形は何であれ自分の力で市場から直接お金を稼ぐ方法を見つける以外にない。もし失敗すれば、最終的にはホームレスのような生活に転落するに違いないだろう。会社の窓から見下すホームレスのテントまでの距離はあまりにも近かった。

 
結局、焦燥感と当時与えられていた仕事のバカらしさに耐えられなくなって、次に進むべき道が何も決まらないまま会社を辞めてしまった。その後いろいろあったが、結局起業して今で18年目になる。勤めていた会社は巨大工場への過剰投資が祟ってその後経営危機を迎えた。数年に渡る混乱を経てようやく外資系企業に買収された会社は、賃金体系を大きく変更したようだ。若くても優秀と評価された社員に対しては今では高給と昇進で報いているらしい。裏を返せば、その分中高年の給与は大きく削られているということで、結局会社は借りを返せなかったということだ。

恐怖を感じていたにも関わらず、最終的に会社を辞めて自分でお金を稼ぐ道を探すという決断ができたのは、その場に留まるほうが遥かにリスクが大きいと認識できたからだ。自分の記憶の中では、その認識の基礎を授けてくれたものの一つが、あの『ゴミ投資家』シリーズということになっている。

 

起業して最初の数年間は必死で働いていたので読書の習慣を失ってしまっていたが、その後余裕ができて再び本を手に取るようになった。投資に関連する本も読み始め、中でも橘玲という作家に惹かれて著書を読み漁った。その後かなり時間が経ってから、あの『ゴミ投資家』シリーズの著者は実は橘玲であることを知った。そういえば文章から伝わってくる著者の空気感のようなものがよく似ている。「海外投資を楽しむ会」という名前で書かれていたので、もしかしたら複数の人物による共著だったのかもしれないが、文体や内容からして、少なくとも自分の読んだものの大半は橘氏の手によるものだったに違いない。

  

先月(2018年1月)『80's エイティーズ ある80年代の物語』という本が出版された。これまで自身のバックグラウンドについては、ほとんど語らなかった橘氏による半生記で、早稲田大学に入学するころから、ちょうど『ゴミ投資家』を出版する少し前までの期間の出来事を自ら語った物語である。 

 

自ら語る彼の職業人生は眩いばかりに輝いて見える。場末の出版社にもぐりこんだ1年後、編集プロダクションを立ち上げ、国会でも取り上げられるほど物議を醸す雑誌を創刊。その後、紆余曲折を経ながらも、出版業界で多くの才能ある人々と交差し(今も活躍する著名人が多く登場する)、オウム真理教によるサリン事件の取材、出版差し止め訴訟などエキサイティングな体験を重ねていく。

当時を知る世代は「この著者はあの時のあの場所にいたのか」「あの事件に関わっていたのか」と自身の記憶と重ねて興奮を覚えるシーンが多いだろう。知らない世代も、インターネットが無かった時代の出版業界のダイナミックな動きの中に描写される彼の職業人生に強く惹きつけられるに違いない。

このような華々しい活躍をする橘氏だが、そのキャリアのスタート時点では、将来のことをまるでまともに考えていないような学生だったらしい。働くということがどいうことかわかっていなくて、アルバイト先の喫茶店でウェイターとしてそのまま働き続ければ良いと思っていた時期もあったそうだ。結局、カネコさん(当時人気就職先だったマクドナルドのエリート社員)に言われた通りの方法で、新橋の小さな出版社にもぐりこむように就職する。

ある種行き当たりばったりで社会に踏み出したような形だ。学生時代の橘氏は人とはかなり違った世界観を持っていて、興味の対象がとても偏っていたようだ。興味のある対象には深くのめり込んでいく反面、その外側には関心が全く向かわないタイプの人だったのだと思う。それ故、普通の学生が普通に身につけていく就職に関する知識や情報が、普通の形としては彼の頭には入ってこなかったのだろう。同時にこうした偏った性向は彼の才能の表れでもあり、その性向によって編集者としての感性と能力が磨かれていったのではないかと思う。一見行き当たりばったりに進んでいったように見える彼の職業人生は、その優れた才能と少しばかりの運によって確固として導かれていったものだったのではないだろうか。


場末の出版社は落ちこぼれたエリートの吹き溜まりのような所だったらしい。橘氏と同じようにある種のバランスを欠いていて、社会の真ん中では生きられないタイプの人達が周囲には沢山いたようだ。優れた才能を持つ人間はバランスを欠いた人間であることが多いが、バランスを欠いた人間のほとんどは単にバランスを欠いているだけで、特別な才能など何ひとつ持ってはいない。

 
橘氏の周りにいたそうした人達の幾人かは、その後人生の道を踏み外し、社会の周縁部から更にその外側に追いやられることになる。大学時代からの友だちで一時一緒に仕事をしていた篠原君は、自暴自棄になって行方不明になってしまう。新橋の出版社の社長や先輩は、犯罪に絡んで逮捕されたり、巨額の債務を抱えて失踪したりする。

もしかしたら、こうした人達の人生に関わったことで、橘氏は学生時代なら全く興味がなかった「お金のこと」を深く考えるようになったのではないだろうか。それが「世の中の仕組み」や「どうやったらもっとうまく生きられるようになるか」といったことについて記した著書の執筆に繋がっていったのかもしれない。


自分はなんとかお金を自力で稼げるようになって本当によかった。稼げなていなかったら、自分も社会の周縁部のさらに外側へ追いやられた人間だったかもしれないから。
 

 

80's エイティーズ ある80年代の物語

80's エイティーズ ある80年代の物語

 

 

80's エイティーズ ある80年代の物語

80's エイティーズ ある80年代の物語

 

 


追記:起業に向かう決断をする認識の基礎を作ってくれたもう一人の著述家がカレル・ヴァン・ウォルフレンだった。毀誉褒貶のあるウォルフレンだが1989年出版の『日本権力構造の謎』は大きな反響を呼んだ。同書内の記述が原因となって行われたウォルフレンと部落解放同盟書記長との公開討論の場に橘氏が立ち会っていたことが「80's」の中に書かれていてとても驚いた。

 

 

日本 権力構造の謎〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)

日本 権力構造の謎〈上〉 (ハヤカワ文庫NF)

 

 

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